くりいむレモン作品紹介

 「くりいむレモン」とは、1980年代中盤より90年代の初頭まで制作されたオリジナルビデオ作品である。その特徴は当時、めずらしかった成人向けアニメーションというジャンルを真正面からとらえた点であり、優れたスタッフに恵まれたこともあって、初期の作品は空前の成功を収めた。このコーナーでは、その中でもとりわけ評価の高かったアニメーター富本たつや氏の作品を中心に紹介をおこなっていく。

PART 1 「媚・妹・Baby」

物語:
 亜美とヒロシは仲の良い兄妹。だが、ふたりに血のつながりはない。ヒロシの母親と亜美の父親が再婚したことにより、義理の兄妹となったのである。

 それでも、ふたりはそんなことを感じさせぬほど仲が良かった。しかし最近、ヒロシの態度がおかしい。まるで亜美を避けているかのように見えるのだ。

 兄に対し淡い恋心を抱く少女にとって、それはとても切ないこと。母親が留守の間、ふたりだけで過ごすこともあって、なんとか以前のように仲良くなれぬものかと、亜美は声をかけてみるが、ヒロシの返事はつれないものだった。

 そんな中、亜美はヒロシが所属する陸上部の部活を見学する機会に恵まれた。真剣なまなざしでゴールをめざすヒロシを目の当たりにして、亜美ははっきりと兄に恋する自分を意識するのであった。

 だから、同様にヒロシに対して熱い視線を送る堀今日子という女性から託されたラブレターも、亜美にとっては邪魔なものでしかなかった。自分の行いに罪悪感を覚えながらも、亜美はそのラブレターを破り捨てる・・・。

 「お兄ちゃん、一緒に帰ろう」 校門で兄の帰りを待っていた亜美は、ヒロシを見つけるや、思いきって腕を組んでみた。しかし、ヒロシはそれに応じず、「放せよ、恋人じゃあるまいし…」 そういって、ひとりで帰ってしまった。

 もはや、昔日には戻れないのだろうか。家に帰ったところで、亜美は兄の部屋のドア越しに今日のことを謝ってみた。亜美の言葉が通じたのか、ヒロシの返事は穏やかなものであった。

 「やっぱり、お兄ちゃんだ」 安心して亜美は先にシャワーを浴びることにする。一方、ヒロシは自室で何事か考えているようすだったが、亜美がバスルームへ入ったことを確認するや、そっと席を立った。

 鼻歌混じりに亜美がシャワーを浴びている。その躰はまだあどけなさを残すものの、十分に発育していると言っていい。そして、その肢体をドアの隙間から覗き見る視線がひとつ。それはまぎれもなく、兄ヒロシのものであった。

 ヒロシが覗いていることも知らず、亜美はシャワーを浴びつづけるが、しだいに兄を想い、躰が熱くなることを意識する。「お兄ちゃん…」その言葉とともに亜美の理性は消し飛んでしまった。

 どれほどの間、自慰に耽っていたのだろうか。絶頂を迎えて、ふと我に返ったとき、ドアの閉まる音が聞こえてきた。

 バスタオルを巻き、いぶかしげな表情で束の間、ヒロシの部屋の前にたたずんだ亜美だったが、覗かれたという確証があるわけではない。黙って、その場を後にする以外なかった。

 ちょうどそのとき、ヒロシの心の中ではひとつの決意が固まりつつあった。それはバスルームで妹の自慰を覗き見たことがきっかけとなっていたが、多くは以前からの想いにほかならなかった。

 亜美を抱きたい。その気持ちはすでに抑えきれぬところまで上り詰めていた。だから、ヒロシは迷わなかった。

 亜美が髪を整えている最中、突如として部屋に進入したヒロシは、亜美に応じる暇も与えず、その躰を抱きしめる。

 突然のことに驚き、いやがる亜美の反応にも一顧だにせず、ヒロシは口づけ、そして愛撫をはじめるのであった。

 最初はとまどうだけの亜美だったが、恋心を抱く兄に愛されることを拒む理由はない。そして、ふたりは禁断の一線を越えてしまう。

 だが、至福のときは長く続かない。ふたりが重なり合っている真っ最中、突然ドアがノックされた。それは出かけていた母親が帰ってきた合図だった。狼狽する亜美とヒロシ。そして・・・。

スタッフ:
原案:NK[イニシャル表記](Dr.POCHI)
演出:YK[イニシャル表記](AIMAIMOKO)
キャラ修正/コンテ/原画/作画監督:富本たつや

キャスト:(声優)
亜美: 及川ひとみ
ヒロシ: 飛田展男
亜美の継母: 津野田なるみ
堀今日子:    同上

BGM :
ジョアキーノ・ロッシーニ
弦楽のためのソナタ第2番 イ長調 II.Andante
弦楽のためのソナタ第2番 イ長調 III. Allegro

作品解説:
 記念すべき「くりいむレモン」の第一作。それが「媚・妹・Baby」である。この作品がアダルトOVA史上未曾有のヒットを飛ばしたのは既に知られた事実であるが、では制作体制がそれに見合うものだったかといえば、答えは「NO」である。

 そもそもこの企画自体がアニメで○○○なものを作れば多少は売れるのではないかという単なる思いつきによって始められたものゆえ、制作側(創映新社)もそれほどヒットするとは考えておらず、そのため最低限の制作費(一説には200万円程度と言われている)しか割り当てられなかった。

 その条件下において、実制作を請け負ったAICはとりあえず、発注された仕事をひとつ片付けるといった認識しかなかったのだが、そのとき動画マンとしてキャラデザインを見た富本たつや氏の存在が、結果的にこの作品の命運を大きく左右したのであった。

 当初のラフ案(このページの最後に資料を添付してある)を見た富本氏はそのあまりに稚拙なキャラデザインに唖然とし、「これじゃ売れませんよ」とAIC上層部に訴え出た。

 その結果、「では、きみがやってみなさい」ということになり、一介の動画マンにすぎなかった富本氏はキャラデザインおよび作画監督という異例の大抜擢をされることになった。

 そして、当初の絵コンテを修正するところから富本氏の仕事がはじまるのだが、発売時期が決められていたこともあって、全編を描き直すことは叶わず、結果として富本氏修正分と当初案が混在するかたちとなってしまった。

 「媚・妹・Baby」をお持ちのかたは目をこらして本編を見ていただきたい。後半15分(Bパート)の間に、アップとロングで絵柄が異なっている場面があるとは認識できないだろうか。それはすなわち、目立つアップのシーンを中心に富本氏が修正したことを意味している。

 また、ここでBパートと述べたが、当初「媚・妹・Baby」はその後、Part2としてリリースされる「エスカレーション」とカップリングでの発売が予定されていた。

 それは「媚・妹・Baby」と「エスカレーション」のクライマックスシーン(Bパート)のみをひとまとめにしたもので、目的を考えれば十分であったが、ビデ倫側はこれに普通のシーンの追加を要求した(このあたりに、ビデ倫の戸惑いを感じる)。

 そのため、急遽Aパート(日常生活の場面)が制作され、それらを組み合わせたかたちで、Part1「媚・妹・Baby」、Part2「エスカレーション」ができあがったのである。

 つまり、当初のカップリング作品がふたつに分かれたのは、ビデ倫の修正意見を受け入れた結果といえる。

 加えていうなら、原案における亜美の設定年齢は11歳というアブなさであった。こちらも見事ビデ倫の指摘に遭い、最終的に年齢不祥とせざるをえなくなった。

 こうして難産の末、「媚・妹・Baby」はリリースにこぎつけたのだが、制作側にもはっきりとした勝算はまるでないというのが現状だった。

 だが、ふたを開けたとたん、「媚・妹・Baby」は空前のヒットを記録する。それは富本氏の原画がキャラに生命を吹き込んだことと、亜美を演じた及川ひとみさんの可憐な声が織り成す相乗効果であった。

 予想だにしなかった大ヒットに気を良くした創映新社は「くりいむレモン」のシリーズ化を決定する。そして、ここから「失われた神話」がスタートするのである。

 その功罪については、日を改めて取り上げる予定。

▲幻の第1弾予告チラシ